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繁殖成績について考える Part1 | 2004年08月 |
“繁殖成績”は酪農家最大の関心事 |
全道各地の酪農家のユーザーの相談のなかで、“発情が来ない、見つけにくい、止まりが悪い、卵巣嚢腫の牛が多い”等、繁殖に関する相談を受ける事が多く、規模や乳量の成績等に関係なくすべての酪農家の最大の関心事ではないかと思っています。 今回は、実際の酪農家での乳検データーの解析も交えながら、繁殖成績の向上について考えてみたいと思います。 |
乳牛の乳量と繁殖成績の変化について |
以前、アメリカのカンサス州にてスティーブンスン教授から“繁殖のマネージメント”の講義を受けました。その講義のなかで、乳量と受胎率の関係についてアメリカで調査した結果、乳量は年々右肩上がりに伸びている一方で、受胎率は1970年の55%から徐々に下がり始め1980年代後半から急激に低下し、2000年には32%まで下がってきていることが説明されました。繁殖成績の低下についての推察される要因として @牛群が年々大きくなり、人手不足で発情発見等に十分な時間がかけられないこと? A牛そのもの生理的な変化等が考えられること? の2つがあげられました。 特に牛の生理的な変化については、1980年頃と1990年後半の牛での繁殖成績の試験で、性周期や黄体期が2日伸びている報告があることを話されていました。 |
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繁殖成績を比較する2つの調査 |
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(参考文献:ホーズ・デーリーマン 2001年 9月号より) 北海道でも「社団法人 北海道家畜人工授精師協会」調査によると、1990年には初回授精の受胎率が57.6%であったものが、1996年には52.4%と年々低下して傾向にあることが報告されています。 北海道でも“最近の牛は乳量は出るが、発情行動がはっきりしない、止まりが悪い”等の問題は、アメリカとおなじような要因が関与しているのではないかと思われます。 |
どのように繁殖成績を改善していくか |
実際に年々繁殖成績が低下していく傾向の中、いかに繁殖成績を上げて行くかについて色々な取り組みが行われているようです。ただ、結論として言えることは繁殖成績が良くなる“魔法の薬”はありません。したがって繁殖成績の向上のために、最も重要で基本的な3つの項目を取り上げ、実例を示しながら考えて見たいと思います。 最も重要で基本的な3つの項目 @初回授精日を適切な時期に設定する A発情発見率を上げる B受胎率を上げる |
@初回授精日をどう決定するか |
分晩後の初回授精を適切に設定することが大切です。まずはVWP(授精待機時間)について考えましょう。 VWP(授精待機時間)とは、分娩後授精を開始する時期で、乳検による分娩後の乳量変化や獣医師による分晩後の定期検診等で卵巣や子宮の回復状況の経過を見ながら酪農家自身が個々の牛に対して設定するものです。 VWPは、一般的には分娩後60日〜80日程度が推奨されています。 したがってVWPを60日と決めた場合、もし分娩後40日目に発情が来ても授精せずに次の発情を待つことになり、またVWPを過ぎても授精できない状態が続く場合には、何らかの対策を考える必要があります。実際には、VWPを個々の牛に対して決めて初回授精を行うことは少なく、分娩後40日〜60日以降に良い発情が来たら、とにかく授精するケースや、発情が来ない、あるいは良い発情がきても何らかの理由で授精出来ない個体は、結局初回授精がかなり遅れる個体になると思われます。 実際に、前々回御紹介した酪農DBを使って初回授精日について具体的に考えていきたいと思います。 酪農DBは乳検データーを基に目的の項目をグラフ化することで、視覚的に理解し易いようになっています。今回題材となる山本牧場(広尾町・山本喜久男様)は、繋ぎ牛舎で経産牛約55頭を飼養し、分離給与のスタイルでありながら経産牛1頭当たりの乳量が平成15年度の乳検で11000Kgを越えました。また今年から自動給餌期を導入され、さらに生産性の向上を目指し積極的に邁進されている牧場です。 繁殖状況のグラフは、個々の牛の空胎日数を示し、妊娠牛した牛は青、授精中で妊鑑していない牛は赤、授精していない牛は緑で、空胎日数の長い順に並び替えています。また、各グラフ内の黒線は授精を表します。例えば青のグラフ240の牛はすでに妊娠した個体で、分娩後約70日で初回授精が行われ、分娩後約260日で5回目の授精時に妊娠した個体であることを示しています。また、グラフの下の表は繁殖成績を表し、“妊娠牛”、“妊娠牛と未妊鑑牛”、“牛群全体”の3つの区分ごとに繁殖成績を知ることが可能です。この様に酪農DBを活用することにより、分かりやすく簡単に乳検データーを加工して全体の繁殖状況を大まかに判断することが出来ます。 |
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実際に山本牧場の初回授精日をみていきましょう。 牛群の初回授精日(妊娠・未妊鑑の牛)の平均は70.7日で、一般的な推奨値の範囲に入っています。個体の成績は、分娩後50日以内の授精はなく、初回授精が分娩後100日以上経過して行われた牛は1頭のみです。また現在分娩後100日以上経過して授精が行われていない牛はいないようです。したがって、個体のばらつきを見ても大きな問題はないと思われます。 現在、酪農DBを見させてもらっているユーザーが30戸ほどいますが、一般的に初回授精はかなりばらつき、しかも遅い傾向にあります。今回紹介した山本牧場が最も初回授精日のばらつきが少なく、初回授精が適切な範囲にある酪農家でした。 注意すべき点は、酪農家の中には個体でみると初回授精は60日〜70日に集中していても、分娩後150日以上経過して授精する個体が数頭いるために、結果として牛群の平均を上げ、平均の初回授精日が80日以降になっている場合もあります。したがって平均のみでなくばらつきも考えることが大切です。 現在、「北海道酪農検定検査協会」の報告では平成15年の全道平均の初回授精日の平均は95日、空胎日数は149日となっています。 山本牧場の牛群の初回授精日は70.7日で、空胎日数は117日です。初回授精日が適切な時期に行われていることが、乳量の高い牛群にもかかわらず、さほど繁殖成績がわるくなっていない要因の1つだと思われます。(全道の酪農家の中には、もっと良い成績の牧場もあるかと思います。) 次に、乳検データで分娩後の乳量、乳脂肪率、乳蛋白率、MUNの動きについてみてみましょう。乳蛋白質を見てますと、泌乳前期で乳量が60Kgを記録している個体は3.0%以下でエネルギー不足が推察されますが、50Kgの乳量を生産している個体については3.0%以上を維持しているようです。乳脂肪率は、やや低い傾向にあるようで季節的な影響や、粗飼料不足等が考えられます。ただし、乳脂肪については乳検データーとバルク乳の旬報データーで値が違う場合があるので、両方のデーターを比較した上で、再度現状の給与量等をチェックする必要です。MUNは平均が9.1mg/dlで個体のばらつきも少なくエネルギーと蛋白質のバランスも良好と思われます。 |
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以上のことから、分娩後から初回授精にかけての管理が良好なことに加え、発情の発見を注意深く行うことで、経産牛年間平均乳量が11000Kgを超える牛群であっても、分娩後70日程度での初回授精が可能となっているのでしょう。また今年になってから、自動給餌機を導入したことにより、実際に給与された濃厚飼料の量にくわえ、粗飼料の量まで個々の飼料給与量が分かるようになりました。 下の表は4月、5月の乳検時に分娩後60日以内の経産牛をリストアップし、その乳量と実際の給与量、粗濃比を調査したものです。分娩からほぼ順調に乳量が伸び、同様に乾物摂取量も増加しています。 今後は、分娩後から個々の個体の乾物摂取量の変化も繁殖成績を考慮する際に活用できるのではないかと思います。 *乳量が50Kgを越えた個体の中には乾物摂取量が28Kgもある牛もいました。 この様な牛が乳量は高くても、乳蛋白率を3.0%で維持し、あまりBCSの低下もなく、しかも繁殖成績が良い牛なのかもしれません。 |
分晩後日数と乳量及び乾物摂取量の関係 |
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今回のような牛群でさらに繁殖成績の向上を目指す場合は? |
今回題材にした農場は、泌乳量が高い牛群であり、初回授精日は、60日〜70日に集中しているようです。牛群の繁殖成績の向上の方法として“泌乳前期の乳量が高く、乳蛋白質率の回復が遅れ、乾物摂取量が低くBCSの回復が遅れている個体”については、“分娩後の発情の周期の開始はいつか”“何回ぐらいの発情が見られたか”、の観察結果を組み合わせることにより、他の牛よりもVWPを長くし(例えば80日にVWPを設定)、ホルモンプログラム等も使って初回授精を行うことで、初回受胎率が向上し繁殖成績が向上するかもしれません。 繁殖成績の向上のためには、ただ単に初回授精を早めるのではなく、個々の個体の能力を見ながら、適切な時期に初回授精を実施することが大切なのではないでしょうか? |
最後に |
今回は初回授精日とVWPについて考えてきましたが、次回は発情発見率と受胎率について考えたいと思います。 |
技術部 技術課 内田勇二(獣医師)