昨年末、3泊5日の強行スケジュールで、米国のノースカロライナ大学とミネソタ州の酪農家を視察しました。今回の技術のページでは、視点を変え、今回の米国視察について報告したいと思います。米国へは、1988から1990年にかけ、国際農業者交流協会の派米研修生制度で渡米したのが最初で、2回目は4年前にカンサス、ミネソタ、ウイスコンシン州へ行き、そして今回の視察で3回目になります。今回の米国の視察は、岩手と熊本の開業獣医師の方2名、畜産資材メーカーの獣医師の方2名私の計5名の小グループの視察旅行でした。 |
 フリーストール牛舎 | ノースカロライナ州立大学はマイコトキシンについて意欲的に取り組んでいる大学の1つで今回の訪問目的もマイコトキシンに関する最新の情報等を得るためです。昨年日本でセミナーを行ったDrスミス氏からノースカロライナ州立大学を案内していただき、その中で、マイコトキシンに関していろいろと話を聞くことが出来ました。研究牧場は、やや古い施設のフリーストール牛舎でしたが、飼槽は個体毎に給与できるようになっており、マイコトキシンの吸着試験や生体に与える影響の調査が行われていました。研究牧場の視察時や、移動時間の車中で説明の要点をまとめると
1)飼料に発生したマイコトキシンの量はサンプリングする場所によって大きく異なるので、分析結果と実際の状況が異なるケースも多い。
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 飼槽の給与ボックス | 2)カビ毒の吸着剤の種類は酵母細胞壁系と鉱物系の2種類に分類され、どちらがより有効かは、カビ毒の種類により異なる。鉱物系についてはかなり古くから研究が行われ、その効果が知られているが、酵母細胞壁系については、比較的最近の研究が多い。
3)原因不明の生産性の低下(乳量の低下、繁殖障害、乳房炎等がある場合)には、2〜3ヶ月間はカビ毒の吸着剤を給与することが効果的と思われるが、各農場ごとにカビの種類も違うので、どのような吸着剤を使うかは、臨床症状からは判断できない。
等が重要なポイントであったと思っています。(ただしこのときは、米国に着いたばかりでかなり時差ボケしていました。他にもっと重要な話をしていたかもしれませんが・・・)したがってマイコトキシンを疑い吸着剤を使用する場合、その地域で、効果が実証されているものや、可能であれば酵母細胞壁と鉱物の2種類の吸着材を組み合わせて使用する方が無難なのかもしれません。 |
視察2〜3日目 ミネソタ州 メルロース周辺の酪農家 |
 育成牛舎の飼槽 | ノースカロライナ州からミネソタ州のミネアポリスへ移動し、そこから車でメルロースへ移動しました。最初におよそ5000頭規模の、酪農場を見学しましたが、育成牛舎とロータリーパーラーのみの視察でした。(泌乳牛舎の方はあまり牛の状態が良くないとの理由で、見学することは出来ませんでした。)育成牛舎は、軒下が高く、換気が良いオープンリッジの作りになっています。換気がよいことは牛舎にとって重要な要素の1つですが、育成牛にはやや寒すぎるのか?冬毛の牛が多いようでした。
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 ロータリーパーラー | 飼槽の形態は、日本の肉牛の肥育牛舎で用いられるような飼槽(写真)で、米国では非常に珍しいとのことです。この様な飼槽は餌押しをする必要が無い反面、残飼の処理が非常に面倒であることが予想されます。 ロータリーパーラーは、80頭が搾乳可能なパラレル式のパーラーで、米国では現在、1000頭以上の規模で、新たに酪農場を立ち上げる場合は、搾乳効率が良いため、ロータリーパーラーを選択する農場が多くなっているとのことです。
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 フレッシュ群 | デビット・トムシェ氏は、祖父が開業したミネソタ州の動物病院で、臨床獣医師としての仕事を手始めに、コンサルタント、ミルカーの代理店、アウトレットショップの経営、畜産資材の販売等に取り組み、動物病院の方も25人の獣医師を抱える全米最大規模の大動物病院に成長し、現在では、酪農場まで経営する“実業家獣医師”です。酪農場はトムシェ氏が数年前、他の実業家と購入し、現在、搾乳牛は900頭を飼養しています。パーラは18頭Wのパラレルパーラーで、3回搾乳ですが、分娩後3週間までは、別のパーラーで5回の頻回搾乳が行われます。1日1頭当たりの乳量は訪問時に35Kg程度の成績でした。牛群構成はフレッシュ群、経産群、初産群、病牛群に群分けされています。
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 廃棄乳を殺菌する装置 | フレッシュ群は、砂のベッドで、定員の約80%の状態で飼養され、分娩後10日間は検温、反芻回数のチェック等の個体管理が行われます。その他の群はマットレスにおがくずのベッドで飼養されていますが、経産牛はベッドに対して定員の約30%程度過密な状態になっています。(この点については改善したいとの話でした。)飼料給与メニューは、フレッシュ群にのみ、バイパスコリン(商品名はリーシュアー)が入っているだけでその他はおなじ内容のTMRで、エサ押しは、1時間毎に1回、24時間体制でやっているとの話には驚きました。
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 クロースアップのフリーバーン | 繁殖管理は、積極的にオブシンク法(ホルモンにより定期授精)を取り入れ、妊娠した牛は青、授精中の牛は赤のテイルペイントを用いて色分けし、繁殖管理を行ってます。乾乳牛は、乾乳期間は40日に短縮され、前期、後期ともに同じTMRが給与されます。乾乳前期はフリーストール、後期(分娩前2週程度)は、フリーバーン(設備が十分ではないため、一部飼料倉庫を改造して利用)で飼育され、分娩直前には分娩房に移動されます。現在、乾乳後期は、麦稈を十分敷き詰めた衛生的なフリーバーンで飼養していますが、フリーストールに比較すると乳頭の汚れ等の可能性が高くなることも予想されます。
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 内部シーラント | したがって乾乳時と前期から後期への移動時には、内部シーラント(乳頭口に直接注入し乳頭口に“蓋”をすることで乾乳期の細菌感染を予防する)を利用して分娩後の乳房炎の発生を防止し、分娩後は、YMCP(日本名ではパートゥリッション(:パートゥリッションとは、分娩後のCa、Mg等のマクロミネラルや、イースト、ビタミン等を補給するためにトムシェ氏が分娩後の代謝病の軽減のために開発した商品:)を給与し、疾病の発生を防ぐように努めています。 また、廃棄乳については、簡易の牛乳殺菌装置を使用し、殺菌した廃棄乳を哺乳用として給与しています。古い施設の牛舎でしたが、行われていることは新しい取り組みが多く、参考になりました。 |
 すのこ式牛舎(蹄浴槽) | 最近、繋ぎ牛舎から、フリーストールへ規模拡大した農場で、搾乳牛は、約300頭で乳量は34Kg程度、12頭ダブルのへリングボーンパーラで今後の規模拡大に対応できるように作られてます。
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 帰り通路にあった水槽 | 牛舎は“すのこ式”のフリーストール牛舎で泌乳牛は初産、経産、フレッシュ群で構成され、初産、経産は同じTMRであり、フレッシュ群は特別に大豆皮とビタミン、ミネラルが豊富なペレットを加え、TMRを給与しています。飼料設計は、飼料メーカーの栄養士が設計し、トムシェ氏がコンサルタントとして技術的なサポートを行ってます。
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 牛舎の状態 | この農場では特に水の品質や量に注意しています。パーラーからの帰り通路には、容易にアクセスすることが可能な水槽が設置されており、さらに、飲水は鉄を除去する装置が設置され、鉄分を除去してから与えられています。
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 搾乳時のベッドメイキング | 鉄が多すぎる場合には、乾物摂取量の低下や免疫性の低下など牛に悪影響を及ぼすことが知られています。水質については意外に見落としがちですが、健康維持と生産性の向上には大切な要素と思われます。LANDWEHR DAIRYは、すのこ式の牛舎で、すのこ式牛舎については、多くの欠点があるようですが、ベッドメイクの状況や、牛舎内の清潔さ、牛の状態などについては非常に良い印象を受けた農場でした。 |
今回は3つの酪農家を視察することが出来ましたが、視察を終わり、雑談の中で乳価の話になりました。昨年の12月の時点でトムシェ氏の販売乳価は1001b当たり、16$(約37円/Kg)とのことでした。彼の話では、現在の乳価は損益分岐点よりも高い価格であるが乳価の低い時期は8$まで下がり、非常に厳しい経営を強いられる時期もあると話していたのが印象的でした。今回の米国視察は3泊5日の強行軍でしたが、短いなりに集中出来たので良かったのかもしれません。ただ、また米国へ行く機会があれば、もう少し長く滞在し、じっくりといろいろな話が聞ければよりよい報告ができるかと思います。
技術部 技術課 内田勇二(獣医師)